真珠とゴレイ

1887年の創立以来、ゴレイは真珠製品をあつかってきました。

20世紀初頭に養殖真珠の技術が確立されて以来、ルイ-オーギュスト ゴレイは、この新世代の真珠を欧州市場へ広める先駆けとして真珠業界へ貢献してきました。

今日、ゴレイ グループは、世界最大規模の真珠ネットワークの貿易取引で多種の養殖真珠や真珠製品を取引する代表的な存在となっています。

養殖真珠

普段、わたしたちが宝飾店で目にするほとんどの真珠は養殖真珠と呼ばれるものです。天然真珠は非常に稀少で、見る機会があるとすればアンティーク・ジュエリーなどに限られます。

養殖真珠は、天然真珠と同じように真珠の母貝とともに自然の海の中で成長します。天然真珠は、なんらかの小さな異物(プランクトンや寄生虫など)が偶発的に母貝のなかへ侵入することで、それが刺激となり、異物を包みこむように真珠層が粒子となって取り巻いていくことで形成されていきます。一方、養殖真珠は、核と呼ばれる淡水性の貝を球状に加工したものと貝の外套膜細胞の切片を一緒に母貝の中へ移植する手術を行うことで、真珠質が分泌され核を包みこむように真珠が形成されていきます。

アコヤ真珠

最初の養殖真珠は、およそ100年前に真珠の養殖技術を確立させた日本を発祥として広められました。

アコヤ真珠の養殖に使われる貝はアコヤガイ(学名:Pinctada fucata martensii)というウグイスガイ目ウグイスガイ科に分類される二枚貝の一種です。アコヤガイは、ひとの掌の大きさより大きくなることはなく、真円に近いテリのある真珠がおもにつくられます。真珠の大きさは直径3mmから9mm程度です。

近年、中国やベトナムなどでも日本のアコヤガイに近い種の貝が発見され、それらの地域でも現在、真珠の養殖がされています。

南洋真珠

20世紀、真珠を生産する技術者のいく人かは先駆者として海を渡り、オーストラリア、ミャンマー、インドネシア、フィリピンなどのインド洋東部・西南太平洋で、その技術を改良し発展させました。第二次世界大戦時に一時は中断されることになりましたが、南洋真珠の生産はその後著しく発展しました。

真珠の生産者は、インド洋東部・西南太平洋の南北回帰線内で、ひとの手のひらより大きいか食器皿ほどにも大きくなる真珠貝を発見することになります。シロチョウガイ(学名:Pinctada Maxima)と呼ばれる真珠貝からは、おもに直径9mmから15mm大の真珠がとれますが、ときとして20mmを超えるものもあらわれます。

それらの真珠は一般的に南洋真珠という名称で呼ばれています。真珠の色は真珠貝の種類と生息域に左右されます。ホワイト・リップとよばれる真珠貝内面の縁が銀白色をした貝からは、シルバー、ピンク、ブルー、グリーン系の白色真珠が生まれ、イエロー・リップとよばれる内面の縁が金色をした貝からは、クリーム、イエロー、ゴールド系の色の真珠が生まれます。

タヒチ真珠

1960年代になると、真珠の養殖技術はフランス領ポルネシアのタヒチに渡ります。そして、南太平洋のその地で、真珠の養殖技術者はクロチョウガイ(学名:Pinctada margaritifer)としてすでに知られていた黒色の貝を真珠貝に利用することを考えました。

クロチョウガイは、真珠の色に黒色系という濃度の幅を与えました。カラー・ヴァリエーションも豊富で、黒から茶色、グレイやシルバー、ときに赤みや青み、緑みなどを帯びたものも生まれます。

クロチョウガイからとれる真珠のサイズは、直径8mmから12mmが中心ですが、15mm以上のサイズがでることもしばしばあります。市場にでる黒蝶真珠の大半が、タヒチ周辺のポリネシア地域のラグーンで養殖されていることもあり、黒蝶真珠はタヒチ真珠という呼び名で引用されることもあります。

淡水真珠

アコヤ真珠、南洋真珠、タヒチ真珠が海水域で養殖される一方、湖や河などの淡水域での真珠養殖の実験栽培が1920年代に日本で始まりました。最初の淡水真珠は日本の琵琶湖で養殖されました。

現在、淡水真珠は、生産ラインにのった中国での養殖技術の確立と日本での養殖はコスト高になる等の理由から、中国を中心に生産されています。

淡水真珠の養殖には、主にイケチョウガイ(学名:Hyriopsis Schlegelii)という貝が使用されています。この母貝からは、ピンク、オレンジ、白または紫色などの色彩を持つ真珠が生まれます。真珠の直径は4mmから12mmが中心ですが、ときに15mmを超えるサイズが採れることもあります。

海水域で養殖される真珠とは対照的に、ほとんどの淡水真珠は、核がなくとも外套膜細胞の切片のみの移植で、真珠層を形成する刺激を母貝に促します。その結果、淡水真珠の多くが核のない真珠層のみで作られています。